夜の海に立ち…

思いついた事をとりあえず書いてみる。

J.G.バラード「Kingdom Come」を読んでみた

2009年に亡くなったJ.G.バラードの最後の長編小説「Kingdom Come」は「千年紀の民」や「人生の奇跡」の巻末によると、東京創元社柳下毅一郎氏の翻訳で翻訳版を出す予定になっている。

しかし、「ハイ・ライズ」の映画化、没後10年の節目や「ハロー・アメリカ」の映画化発表(これもどうなったんだか…)など出版されそうなタイミングはいくつかあったが全然出てくる気配がない。

Kindleで原著を探してみたら思ったより安く売られていたので、軽いノリでとりあえず買ってみることにした。

Kingdom Come (P.S.) (English Edition)

Kingdom Come (P.S.) (English Edition)

 

しばらくはKindleで表紙を眺めるだけの存在となっていたが、他に読んでいた作品を片付けたのを機に重い腰を上げて読んでみることにした。

今まで殆ど洋書を読んだことがなかった自分が辞書やGoogle翻訳を使いながら読んでみて、大体の流れやキーになっていることを自分用のまとめとして残してみることにした。色々と読み間違いや勘違いが出てくると思うので先に謝っておきます。

 

☆イントロダクション
Kingdom Come:来世、天国、この世の終わり、世界の終末(英辞郎より) 

消費主義(Consumerism)とファシズムの関係を描いた作品。
ロンドン郊外のショッピングモールで起きた無差別乱射事件によって父親を亡くしたリチャードが事件の真相を追い、ロンドンの郊外に点在する新興都市の深淵に近づいていく。 

 

☆登場人物
リチャード・ピアソン(Richard Pearson)
本作品の主人公。42歳で広告企業のエグゼクティブを務めていた。ロンドン大学出身。
3週間前に父親のスチュアートが銃の乱射事件によって殺されている。
両親の離婚で母親のもとにいたリチャードは父親とはもっと親しくなりたかったものの叶わなかった。
妻はバンクーバー大学の現代史の学部で仕事をしている。バラードの作品の主人公らしく夫婦関係はうまくいっておらず離婚している。
 
スチュアート・ピアソン(Stuart Pearson)
リチャードの父親。ブリティッシュ・エアウェイズミドル・イースト航空に勤めていた元パイロット。
ブルックランズ・メトロセンターの銃乱射事件で死亡。享年75。
パイロット時代には2度のハイジャック事件を生き残っている。
リチャードがフラットで見つけた遺留品から暴力的なスポーツクラブの一員になってファシズムを信奉していている疑惑が浮かぶ。 
 
ジェフリー・フェアファックス(Geoffrey Fairfax)
スチュアートの弁護士。遺産相続を担当している。
元陸軍中佐で先祖代々の農場から駅近の広場という新世界へ進出してきた。
ショッピングモールを地域コミュニティや文化を破壊するこの星で最悪な場所と考えている。
前にクリスティの妻を援助したことがある。
 
ダンカン・クリスティ(Duncan Christie)
スチュアートを含む3人の死者と15人の負傷者を出したメトロセンター乱射事件の犯人として逮捕された。
25歳でブルックランズに住んでいる地元でも有名な社会不適合者。
本人は白人系だが妻は黒人系で娘がいる。 
 
メアリー・ファルコナー(Mary Falconer)
スチュアートの事件を担当する刑事部長(Sergeant)。
リチャードに対して何かメッセージや警鐘のような含みを持ったことを言う。ブルックランズの暴漢たちを見て見ぬふりしている。  
 
トム・キャラディン(Tom Carradine)
メトロセンターのPRマネージャー。
リチャードが見たところ若々しい姿と純粋な瞳はカルトのリクルーターを思わせるらしい。
スチュアートが銃撃された現場を案内した。
 
ニハル・クマル(Nihal Kumar)
スチュアートのフラットの近所に住む体格のいいアジア系男性。モトローラのエンジニアで妻は医者。
スチュアートとは少し近所付き合いはあったが、その周囲の人間には警戒していた。
 
デイビッド・クルーズ(David Cruise)
メトロセンターのケーブルテレビのプレゼンター。色んな番組に出てくる。
リチャードによるとハンサムだけど空虚な顔。親切な笑顔と同時に微かな敵意を感じる。ナチと未来の間にいるフォン・ブラウンを思わせる。 
 
ジュリア・グッドウィン(Julia Goodwin)
メトロセンター病院の医師。スチュアートの最期を看取っている。3人の目撃者の1人。
スチュアートと面識は無いらしいが、多忙にもかかわらず葬式に出ていたり事件について何かしら知っていることがあり、警告を与えようとしているのではないかとリチャードは考えている。
銃撃はクリスティがやったものではないとリチャードに話した。  
 
ウィリアム・サングスター(William Sungster)
ブルックランズ高校の教育主任。3人の目撃者の1人。
巨漢で実年齢より若く見える。爪を噛む癖がある。
勤めている学校は生徒が騒がしく好き放題やっていて、校舎には菓子の袋や空き缶やタバコにコンドームまで落ちているなど荒れている様子が伺える。
クリスティは元生徒で数学を教えていた。そしてクリスティが無実と信じている。
ショッピングモール、空港、高速道路の文化は新しい種類の地獄だと語り、消費主義こそが新たな大衆政治の形だと力説する。
 
トニー・マクステッド博士(Dr. Tony Maxted)
クリスティを担当した精神科医で、3人の目撃者の1人。
50代だがボクサーやナイトクラブの用心棒みたいにゴツい。
病院の屋上にあるペントハウスに住んでいる。他の2人の目撃者と同様にクリスティが暗殺をやり遂げるのは無理だと語る。
リチャードにM25やヒースロー空港周辺の都市の現況と消費主義の繋がりを説く。
 
☆キーワード
ここでは読み進めるために調べた用語を並べてみる。
重要なものから大して重要でないものまで玉石混交。
 
消費主義(Consumerism)
(1)大量の購入や消費を奨励する社会的な要求や経済政策
(2)消費者保護の運動
などいくつか意味があるが、この作品においては(1)が当てはまる。
 
グレーター・ロンドン(Greater London)
32のロンドン特別区シティ・オブ・ロンドンで構成される広い意味でのロンドン。 
 
インナー・ロンドン(Inner London)
グレーターロンドンの内側にある12の特別区から構成されるロンドンの中心地。
定義によって区画の数やシティ・オブ・ロンドンを含めるか否かが変わる。 
 
ブルックランズ(Brooklands)
ロンドン郊外のサリー州ウェイブリッジにある本作の舞台。グレーターロンドン周辺にある住宅・商業施設・オフィスが集まる新興都市の一つ。
スチュアートが住んでいた街で乱射事件が起きたメトロセンターはここにある。
近所づきあいが希薄で住人がムスリムが入ってくるのを拒否していたり、レイシズムナショナリズムの気配がある。
近くにあるサーキットの跡地は世界初の常設サーキットで、第二次大戦の時に接収されるまでレースやスピード記録の更新に使われていた。
 
M25
グレーターロンドンを囲う環状の高速道路。日本なら関東の外環自動車道あたりが近いのかも。
ロンドンと郊外の境界みたいな意味合いもある。
この道路沿いやヒースロー空港の周辺にブルックランズみたいな街がいくつも存在している。
 
セント・ジョージ(St. George)
キリスト教の聖人として伝説に残る聖ゲオルギウスに由来するイングランド国旗のセント・ジョージ・クロス(Saint George's Cross)を指す。
ブルックランズのあちこちにセント・ジョージの旗やペナントが飾られていて、住人や交通整理員からフーリガンまで様々な人間がこれのシャツを着ている。
このことから作品中ではナショナリストの象徴みたいに扱われている。
 
テムズヴァレータウン(Thames Valley town)
リチャードは成功した21世紀的な高級住宅地と語っている。
ブルックランズと同様に住宅と商業施設やオフィスが揃った街になっている。
 
ホルスト・ヴェッセルの歌(Horst Wessel song)
ヴェッセルはナチ党の突撃隊員で共産党員の銃撃で死んだことにより英雄化された人物。
ナチスの党歌「旗を高く掲げよ」はヴェッセルがナチスの機関紙に投稿した詩が取り入れられているため、「ヴェッセルの歌」とも呼ばれる。
 
プジャディスト(Poujadists)
ピエール・プジャード(フランスのポピュリスト政治家)の反議会主義的極右運動。
商工業者の税負担の不平等に対する不満から発生した反税運動から始まり、極右的な政治運動に発展した。
 
タビストック・クリニック(Tavistock Clinic)
ロンドン中心部のハムステッドにある精神科病院
 
オズワルド・モズレー(Oswald Mosley)
イギリスの政治家でファシスト同盟を率いた。
FIA会長マックス・モズレーの父親。
 
AAマップ(AA map , AA guide)
Automobile Association(イギリス自動車協会)が作成したロードマップ。
 
☆あらすじ
ストーリーは三部構成になっている。ここからはネタバレも含みます。 
 

・第一部
主人公のリチャードは広告企業のエグゼクティブを辞めて、妻との関係も上手くいっていなかった。

ちょうどその頃、両親の離婚以来ずっと疎遠だった父親のスチュアートがロンドン郊外のブルックランズにあるメトロセンターで発生した無差別乱射事件により死亡する。現地に赴くと、街からレイシズムや暴力の気配を感じると共に父親のフラットからもファシズムナショナリズムを信奉すると思わしき遺品が出てくる。

犯人として逮捕された社会不適合者のクリスティは証拠不十分で釈放された。リチャードは事件発生時にクリスティを目撃した3人の証人である医師のジュリア、教師のサングスター、精神科医のマクステッドと会話したことでロンドン郊外の新興都市に潜む消費主義と人々の暴力への渇望を見出し、ブルックランズに腰を据えて真相を明らかにしようと決意する。スチュアートの最期を看取ったジュリアからは警告めいた素振りを見せられるも次第に懇意になっていく。

乱射事件が解決しないまま、今度はメトロセンターで発生した爆弾テロにより大規模な暴動が発生。暴徒を指揮していたと思しきフェアファックスが爆死したこと、街のキーマンであるテレビプレゼンテーターのクルーズがサングスターとマクステッドの暴徒を操ろうとする試みから離反したのを見て、リチャードはクルーズに近づいていく。

 

・第二部
クルーズと手を組んだリチャードは元々の本業であった広告マンの手腕を活かしてクルーズの番組をプロデュースする。クルーズが番組で行ったアジテーションにより大規模な暴動が発生。隣人のクマルなどアジア人が襲われたり、メトロセンター・ドームが放火されるなど内乱に等しい状況に陥る。その頃、リチャードはスチュアートの手記を発見し、スチュアートは暴徒に賛同するふりをしながら密かに首謀者を探していたと知って安堵する。

さらにドームの火災現場でリポートしていたクルーズは狙撃されてしまう。混乱に乗じてPRマネージャーのキャラディンとその部下たちはメトロセンターの防衛を掲げて500人以上の人質を取ってドームを占拠し始めた。

リチャードは冷蔵庫や電子レンジを売るためのPRを作っていたはずと思っていたようだが、新しい世界やメトロセンターを中心とする共和国が始まったとも考えていた。サングスターにはファシストの国を作った、ファルコナーにはスポーツを隠れ蓑にした内乱、マクステッドには郊外のゲッベルスなど散々な言われ方をしている。

 

・第三部
キャラディン達が占拠したドームでの生活から始まる。最初は規律の取れた活動ができていたが、生活環境の悪化に伴い人質達は清掃などの労働を強いられ食料は厳格な配給制になるなど強制収容所のような有様になる。人質達の扱い方を考案するなどサングスターがキャラディン達のブレインになっていた。サングスターはリチャードに消費主義は一見無宗教に見えるが、宗教的本能の最後の避難所であると説いている。

クルーズが死んだことでマクステッドが乱射事件の真相をリチャードに伝える。事の始まりは6か月前で、その時からレイシズムや暴力が発生していた。退屈した人々が暴力的になることに対処するためにサングスター、マクステッド、フェアファックス、ファルコナー、レイトン警視そしてジュリアが共謀に加わっていた。共謀によって誘導されたクリスティが乱射を起こす。本来のターゲットは影響力の大きさから新しいファシズムのリーダーになり得るクルーズだったが、不運な間違いによってスチュアートが殺されてしまう。フェアファックスは自身のミスによって爆発に巻き込まれていた。クルーズを撃ったのはボスニア人の兄弟だと発表されていたが、実際にクルーズを撃ったのはクリスティだった。

収容所じみたキャラディン達の占拠はエントランスホールの大爆発によって終わる。キャラディン、サングスター、マクステッド、クリスティは消え、ブルックランズからレイシズムや暴力は引いていきアジア人たちが家々に帰っていった。しかし、リチャードはこの流れがヒースロー空港周辺などへ広がり、いつか休火山が活火山に変わるように再発すると確信して物語は終わる。

 

☆感想・書評
Kingdom Come」は無差別殺人事件を発端に主人公が無機質な都市の深淵に取り込まれる基本的な物語の流れから、前作「千年紀の民」を含む「病理社会の心理学」三部作の路線を継承した作品だと言える。

そこからさらに、郊外に広がる過激な暴力と人種差別、ファシズム、メトロセンターの人質たちの宗教観など新しい要素を取り入れたブルックランズは21世紀におけるバラードのランドスケープをより明確に示したものではないかと思う。

ビジネスパークで起きる無差別殺人、巨漢で爪を噛む癖がある影のプロデューサー、足を怪我した主人公、火をつけられたボルボ、失敗した革命など、バラードが意図したのかはわからないが「病理社会の心理学」三部作のオマージュが随所に現れているように見えた。

世界で人種差別と暴力の問題に再び火が付いた2020年代の始まりに似合う作品なのではないかと思う。翻訳されたバージョンを読めるようになる日が遠くない将来にやってきてほしい。

 

一人飲みのススメ その2

 その1を書いてからかなり時間が経ってしまったが、その1で取り上げたジャンルのお店以外でよかったものについて書いてみる。

 

(4) 中華料理店

 夜は居酒屋として酒類を取り扱っているお店が良い(この話のテーマ的にマストではあるが)。さらに言えばちょっと日本語がカタコトだけど愛嬌がある中国系のおっちゃんやおばちゃんがやっているようなお店の方が安くてその割に美味しくてボリュームがあるような場合が多いので好きだったりする。

 

(5) カフェバー

 カフェバーの定義が微妙によく分かっていないものの、昼間はカフェで夜はプラスして酒類も取り扱うバーとしても営業しているお店。チェーン店ならプロントあたりをイメージしている。私が行っていたのはいずれも個人経営のお店だった。

 

  実家の近くにあったお店は落ち着いた雰囲気で本を読むのにぴったりだったものの、割とマスターや他のお客さんと雑談する流れになることが多かったので、結局は本を読むのに不向きだった。そして残念ながらお店はなくなってしまった。

 

 一方で今借りているアパートの近くお店はマスターや他のお客さんと雑談することもあれば普通に本を読んでいることも多かったのでバランスがよかったと思う。

 

 いい感じのお店を見つけることができれば本格的なバーよりもカジュアルに行けてファミレスやブリティッシュ・パブよりも落ち着けるので、自分には一番合っていた。

 

 

 ここ数年で行ったお酒を飲みながら本を読むお店のジャンルはこんなもんかな。

 

殺す、千年紀の民、ハーモニー

 施川ユウキの「バーナード嬢曰く。」を読んだことをきっかけに伊藤計劃の「虐殺器官」や「ハーモニー」を読み、これらの作品中で言及のあったJ・G・バラードジョージ・オーウェルの作品を読むことが多くなった。

 

 特にバラードについては虐殺器官では主人公のクラヴィス・シェパードが虐殺の首謀者として追いかけていたジョン・ポールが「太陽の帝国」や短編の「死亡した宇宙飛行士」など複数の作品ついて触れていて、ジョンのパーソナルな部分にも影響をもたらしているような描写があった。一方でハーモニーでは主人公の霧慧トァンの旧友にしてイデオローグある御冷ミァハがバラードについて下記のような言及をしたものの、何を読んでいたかは具体的に語ってはいない。

 

「未来は一言で『退屈』だ、未来は単に広大で従順な魂の郊外となるだろう。昔、バラードって人がそう言っていた。SF作家。そう、まさにここ。生府がみんなの命と健康をとても大事にするこの世界。わたしたちは昔の人が思い描いた未来に閉じ込められたのよ」

 

 このバラードの言葉はインタビューで語ったものが元であり、山形浩生氏の「J・G・バラード:欲望の磁場」にも載っている。単行本「コンクリート・アイランド」の巻末に収録されている他、インターネット上で公開されているPDFでも読むことができる。

 

 最近バラードの作品を読む機会が増えたこと、去年は伊藤計劃とバラードの没後10年という節目だったことや御冷ミァハは個人的にお気に入りのキャラクターなのもあって、バラードの著書に影響されていそうな彼女の思想や行動について自分の知る限りで思いついたことを整理してみたい。

 

 

(1)殺す

 1988年に刊行(原著)。パングボーン・ヴィレッジと呼ばれるハイテクでセキュアな高級住宅街で起きた住人の大量殺人と被害者の子女誘拐事件をドクター・グレヴィルがペイン刑事部長と共に紐解いていく。

 

・愛情への反抗

 「子どもたちが反抗したのは、<やさしさという独裁>に対してなんだ。子どもたちは愛情と保護の暴虐から自由になるために、殺人をおかしたんだ」

 

 「殺す」でドクター・グレヴィルは犯人である被害者の子供たちの動機をこう推測している。閉塞的な住宅街のハイテクなセキュリティと親の際限のない愛情によって真綿で絞め殺されるように抑圧された子供達が自由を求めて親殺しを行い姿を消していった。

 

  「ハーモニー」の世界において先進国は人々の健康を盾にテクノロジーをフル活用してプライバシーを死語に追いやった思いやりと優しさに閉じ込められた、巨大なパングボーン・ヴィレッジのようなものであった。グレヴィルが続けて語った「全体的に見れば正気で健全な生活の中で、狂気だけが唯一の自由だったのだ。」という言葉は優しさに満ちた世界を憎悪していた学生時代のミァハに通じるものを感じた。この辺はネットで他の人の書評を読んでいてもハーモニーとの関連性を書いていることが多いので、やはりみんな似たようなことを考えているのだと実感する。

 

・殺人に対する認識の軽さ

「だって世界がめちゃくちゃになりそうになったら、老人たちは嫌でもボタンを押すことになるでしょ」

 

 「ハーモニー」でミァハが語った連続自殺事件の動機である。人類のハーモニクスというイデオロギーを叶える為、何千もの無関係な人々を死に追いやってハーモニープログラムを起動させる権限を持つ対立派閥が最後の一線を超えるように仕向けた。しかし、それだけの人間を殺したにも関わらず殺人という行為を目的を果たすためのステップのように軽く見ている節がある。

 

 「殺す」でグレヴィルは犯人の子供達は親殺しの重さについて「自分たちが光明に手をのばすためにはどうしても取り除かなければならない、最後の障害とみなしていたからではないだろうか」と推測しており、どちらも殺した相手に対する憎悪や執着など「この人達を殺さなければならない動機」が希薄な点が共通している。

 

 

(2)千年紀の民/ミレニアム・ピープル

 2003年に刊行(原著)。犯行予告のない空港爆破事件で前妻を亡くした精神科医デービッド・マーカムが犯人と動機を探るために社会に不満を持つ人々のデモ団体を渡り歩き、高級住宅街で中産階級の革命を起こそうとするグループに接触する。彼らと行動を共にしたことで、やがて爆破事件の真相へ辿り着いていく。

 

・目的のための無差別殺人

「政治家を殺せば、引き金をひかせた動機に縛られることになる。オズワルドとケネディセルビア人青年とオーストリア皇太子のように。しかしでたらめに人を殺せば、マクドナルドの店内でリボルバーを発射すれば - 宇宙はうしろに下がって固唾を吞む。もっといいのはでたらめに十五人殺すことだ」

 

 「千年紀の民」で中産階級の革命の主要人物であったリチャード・グールドは無意味な世界で意味を見出す為に独自のルールに基づいたゲームを展開して宇宙に挑んでいた。手段として常に社会に不安をもたらす手段を模索し、無意味な行為、とりわけ人々の想像の外にあるような犯罪を繰り返していた。そのなかで最も効果がある犯罪が無差別殺人である。

 

 ミァハのグループは目的の為にランダムに選んだ数千人の脳を弄って自殺に追い込み、さらにニュースに犯行声明を出して助かりたければ誰か一人殺せと全世界に脅しまでかけている。無差別殺人の社会的影響を理解して動機を伏せて無関係な対象を選んだことによって、本当に社会がめちゃくちゃになるレベルの混沌に叩き込むことができた。だから最終的に目的を果たすことができたと考えられる。

 

 犯行声明が本物であることを証明する為にニュースの生放送中にキャスターを殺したのも、グールドが「二流のテレビ司会者」を有名だが重要でない非実在の存在として躊躇いや罪悪感をあまり感じずに殺せたのと同様の理屈かもしれない。

 

・殺人に対する動機と理由づけ

「もし私が意図してきみを殺したならば、それはありふれた下品な犯罪だ。だがもしも偶然に、あるいはまったくなんの理由もなく、きみを殺したならば、きみの死は比類のない意味を帯びる。」

 

 無意味な世界で意味を求めるゲームを続けてきたグールドにとって、意図しない偶然によって特定の誰かを殺すというのは重大な意味をもたらすと語っている。

 

 上記の同時多発自殺事件ではトァンとミァハとの共通の友人である零下堂キアンが巻き込まれて死んでいる。キアンが対象に選ばれたのはランダムであったが、ミァハはキアンが死ぬ直前に電話をかけてキアンの死を正当化しようとするような言動をとっていた。

 

 これはグールドの言葉を借りれば「比類のない意味を帯びる殺人を下品な犯罪に格下げした」行為だったように見える。トァンがミァハの関与を確信する発端にもなったこの電話は、後から振り返れば孤高のカリスマとして描かれていたミァハの数少ない人間臭さを感じる場面だった。

 

 

★まとめ

 長々と考察みたいなことをしてみたが、「ハーモニー」はバラードの作家活動の後期から晩年に近い時期に作られた「殺す」から「コカイン・ナイト」「スーパー・カンヌ」「千年紀の民」のいわゆる「病理社会の心理学三部作」あたりの影響を大きく受けているように見えた。閉塞感のある社会や希望の見えない未来がパングボーン・ヴィレッジの申し子、御冷ミァハを目覚めさせたのかもしれない。

 

 余談だが「スーパー・カンヌ」で主人公の妻が開発に関わっていたネットワーク接続の在宅体調監視システムは「ハーモニー」にあったメディケアの元ネタの一つなのかもしれない。

 

iTunes「コンプリート・マイ・アルバム」に関する考察

iTunes Storeで先にシングルやEPを買った場合、後でアルバムを買うときに既に購入した曲を抜いてその分安く買える「コンプリート・マイ・アルバム」という機能がある。

 

これがちょっと厄介で、安く買えるのはいいが既に買った曲の分は歯抜けになったまま何もしてくれない。 

f:id:superblind:20190528152340p:plain
f:id:superblind:20190528152337p:plain

 

ネットで調べて見つけた対策には

  1. iTunes Storeで歯抜けになった分を検索して単品で買う
  2. 既に買った曲のファイルをコピーしてタグを修正したものをiTunesに登録する

といった方法がある。前者の場合はトータルで普通にアルバムを購入するのと同じ金額を支払うことになるので、余計な手間がかかる分いくらか損している気分になる。

 

後者の場合、Apple Musicの為にiCloudライブラリーを使っている場合はコピーしてタグを変えたファイルがiCloudでは「重複」と判定されて、クラウドを介してiPhoneなどへ送ることができない問題がある。

f:id:superblind:20190528152332p:plain

 

近頃の楽曲はCDとiTunes Storeダウンロード販売が先行して、一定期間(1ヶ月や3ヶ月など)が過ぎるとApple Musicのサブスクリプションでもダウンロードできるようになる場合が多々ある。

 

ここで、上記のような場合は先に「コンプリート・マイ・アルバム」で新曲を買って、後からApple Musicで歯抜け分を補填することができるのではないかと思いつく。それなら最初からApple Musicで解禁するまで待てばいいじゃんと言われそうだが、やはり新曲はなるべく早く聴きたいという心情もある。

 

今回の実験では上記の画像の通りTrySailの「TryAgain」(CDとダウンロード販売は2019/2/27発売)を先に「コンプリート・マイ・アルバム」で新曲を買い、Apple Musicでのダウンロードが解禁されたら歯抜け分が埋まるのか確かめてみたい。

 

この時点でシングルで買ったはずの「WANTED GIRL」と「CODING」を買い直しているので、「コンプリート・マイ・アルバム」による値引きには上限があるようだ。

 

 

iTunes Storeでの発売から3ヶ月後の2019/5/27にApple Musicでのダウンロードが解禁される。Apple MusicでTrySailのページに飛んで「TryAgain」の歯抜けになっている3曲をライブラリに追加したところ、何事もなく先に購入した分と合わせて1つのアルバムとしてまとめられている。(画像の時点でジャンルや読みがなのタグは修正済み) 

f:id:superblind:20190528152629p:plain

 

曲の一覧で詳細な情報を出すと、「iCloudの状況」と「種類」でiTunes Storeで購入した曲とApple Musicで追加した曲の違いがわかる。ちなみにフォーマットはどちらもAACの256kbpsで音質は変わらない。

f:id:superblind:20190528152624p:plain

 

以上の通り、先に「コンプリート・マイ・アルバム」で新曲を買い、後からApple Musicで歯抜け分を補填しても一つのアルバムとして運用できると確かめることができた。なので、先に購入した分を削除してアルバム全部をライブラリへ入れ直すようなことはせずに済んだ。

 

若干気になるのはiPhoneで「TryAgain」を見ると全曲揃っているのに「コンプリートアルバムを表示」が出てくること。

f:id:superblind:20190607171314p:plain

 

その先に遷移してもダウンロード済みと判定されるので実用上の問題はない。Apple Musicからは逆にiTunesで購入した曲が歯抜けと判定されているのかもしれない。

 

 

結果を見ればできて当たり前な話ではあるが、改めて確かめてみると「コンプリート・マイ・アルバム」で既に買った分を自動的に補填してくれればこんな手間暇をかけずに済むので結局は損した気分になる。MaciTunesが廃止になって機能が分割されるので、これを機にいい加減どうにかしてくれないだろうか。

 

私がどれだけユートピアが嫌いかという話

 ジョージ・オーウェルの「1984年」などディストピア小説をいくつか読んだ後に、ディストピアという単語の元になったユートピアについて気になって、トマス・モアの「ユートピア」を読んだことから話は始まる。

 

 この作品は著者のトマス・モアがアントワープで出会ったピータ・ジャイルズからラファエル・ヒスロデイという人物を紹介してもらい、ヒスロデイからユートピアの概要や素晴らしさを聞き、それを本に纏める形式で進んでいく。

 

 「ユートピア」という言葉は日本語では「理想郷」等と訳されたりするが、ヒスロデイの語るユートピアはどうしても「偽善」や「独善」の臭いがして嫌悪感を覚える。話の中には犯罪に対する刑罰のバランスの適正化を求めるような話や不正に私腹を肥やす資本家と資本主義への批判のように現代でも頷ける部分があるのは確か。しかし古典だと承知しても、どうにもユートピア人のやり口は素晴らしいとも見習いたいとも思えない。そこには他国と他民族を見下した選民思想と傲慢さが垣間見えてくる。

 

 ユートピア人は「戦争をで得た名誉ほど不名誉なものはない」(第二巻・八章)と語られるが、一方で人口増加の調整は「人は住んでいるが荒れ果てた土地の多い、近くの陸地に送り(中略)これと反対にもし土地の住民が彼らとともに住むことを拒み、彼らの法律に従うことを拒むようなことがあれば、彼らはその土地を自らのものとして定め、その領域からその住民をすべておいはらってしまう。もしそのとき、住民が反抗し暴動を起こせば、彼らは直ちに住民に対して戦いを開く。」(第二巻・五章)という。

 

 荒地とはいえ、自分達の都合でよそ様の土地を開拓しだし、現地民が反対すれば最終的に戦争を始める事も辞さない。しかも本国の人口が減れば外地は捨て去ってしまう。自分達は絶対に正しいと過信するばかりか、普段は戦争など野獣的行為とみなして厭戦的な態度を出すなど、偽善的で嘘つきの二枚舌であり他者を見下し征服せんとする帝国主義の考え方である。

 

 他にも動物の屠殺は奴隷にやらせるし、他国どうしの戦争に介入すればまず先に傭兵を金で雇い、次は戦争当事国や友邦諸国を使う。ここにユートピア人の「自分達の手は汚さない」という独善的で狡い考えが見てとれるし、傭兵を前線ですり潰す事についても「この極悪非道な連中をその汚い、悪臭ふんぷんたる巣窟とともに、この世界からきれいに除いて大いに人類の為に貢献しようとする信念があるからである」(第二巻・第八章)と思い上がった傲慢さが見えてくる。汚れ仕事を他人に押し付け、自分達は澄まし顔で幸福や徳や信仰を語るのだから、反吐が出るほどの下衆っぷりである。

 

 感情的には褒められたものではないユートピアであるが、一方でうまい社会システムであると認めざるを得ない。ユートピア島の各都市は同じような構造で、国民は皆同じような質素な格好をして、教育を施され、医療も充実していて、ユートピアという群体を維持するベストな状態が常に保たれる。また、自国民には金銀や貨幣を価値の無いものと教育し、貨幣が無くても暮らしが成立する社会システムを作り、自分達には価値が無い貨幣で他国から資材と武力を購入するのだから、それこそ錬金術である。ユートピア人の幸福は自分達より下等と見なした人間を消費することで成り立っている。だから頭のいい彼らは決して人類の平等や自由を謳う事は無い。原点のユートピアからしてなかなかのディストピアっぷりなのは皮肉なものである。

 

 作中のモアはユートピアの風俗や法律の成立には必ずしも合理的と思えないと感じる箇所がたくさんあると述べていて、これを自国へ適用するには期待出来ない部分が多いと語っているところからも、これが本当の理想なのかはモア自身懐疑的に考えている部分があるように見える。結局モアはこのユートピア(どこにもない国)に何を求めていたのだろうか、その真意を紐解くのは難しい。

 

 また、1500年代に書かれたユートピアは数百年後のイギリスの負の側面を予言していたと考えると面白いかもしれない。上記で述べた帝国主義的な要素以外にも、戦争の費用を相手国(敗戦国)に全て負わせる姿勢はベルサイユ体制と似ているし、なるべく戦争に自国の兵を使わない姿勢は日露戦争のような代理戦争をけしかけた様子に似ていると思う。

 

 そんなこんなで社会や思想の歴史を教養として学ぶ分には読む意義が十分にある「ユートピア」ではあったが、物語としては下手なディストピアものよりも胸糞悪いお話で「ユートピア」の名前が入った様々な物事に対する心証が悪くなったというオチがつきました。

 

レビュー:AVIOT TE-D01c

Appleが「耳からうどん」ことAirPodsを発売してもうすぐ2年。SONYBOSEなど様々なメーカーが左右分離型のワイヤレスイヤホンのラインナップを揃え、中華メーカーの格安モデルも揃ってきた昨今、私もそろそろ左右分離型に手を出す時期が来たかもしれないと思うようになった。

 

 

店頭で試聴していて、たまたま手に取ったAVIOT TE-D01aが1万円を切る値段の割に音が良くAACやBluetooth5.0にも対応しているので良さそうに見えた。

 

自分には謎のメーカーなのでもう少し調べようとメーカーのHPを調べたところ、AVIOTはバリュートレードという日本の商社が展開するブランドで、日本人向けのチューニングを施すなど様々なこだわりがあるらしい。

 

TE-D01aのことを調べるとTE-D01cというネット通販オンリーの姉妹モデルがあることを知る。Amazonの販売価格は¥6,980(見た当時。現在は¥5,980で販売している。)で、TE-D01aと近いスペックでこの値段はかなり魅力的。デザインと磁石で固定できる充電ケースの使い勝手はこっちの方が良さそうなのもあって、安さ重視でTE-D01cを注文することに決める。カラーは白と黒があるが、今回は白にしてみる。

 

 

そして二日後に届いた品物がこちら。

 

f:id:superblind:20181201231000j:imagef:id:superblind:20181201231045j:image

 

手に取った印象は「軽くてプラスチッキー」。充電ケースも含めてモックアップじゃないかと思うくらいスカスカな軽さ。でもちゃんと動く。


f:id:superblind:20181201230347j:image

 

上記の写真の通り筐体のプラ素材はインジゲーターのランプが透けるくらい薄い。充電ケースはともかく、イヤホン本体はあえて透けさせて目立つ光り方になるように作っていると思えなくもない。

 

f:id:superblind:20181201231201j:image

 

この値段でこのスペックを守るために削れる部分はとことん削っているらしい。とはいえ外殻はノズルから銀のリングまで一体成型で作られているから強度は大丈夫そう。パーティングラインも結構ハッキリと見えるが、耳に装着した時に外からは見えない・見えにくい部分だから割り切って作っていると思われる。

 

 

近くでよく見るとコストカットの痕跡は見つかるが、耳に装着して遠巻きに見る分にはシンプルで上品に見えるのでデザインと表面の仕上げの勝利である。そもそも本体が小さいので髪が長い人は装着すると隠れてしまう。

 

 

次は使い勝手について。

装着感はとにかく軽くてストレスが少ない。イヤーチップだけで耳の中に固定しているが、歩いたり首を傾げる程度では全然ズレたりしない。

 

他の左右分離型のワイヤレスイヤホンと同様にケースから出したらペアリングしたスマホと接続しケースに戻したら電源オフ、充電ケースで15分の急速充電から1時間再生といった機能はちゃんとついている。

 

バッテリー残量は残量切れのアナウンスまで本体では確認できないので、スマホなど接続元でウォッチするしかない。iPhone側でバッテリーの残量を見た時の減り方は…

 

100%>>>>80%>>>>>>>60%>>>>>40%>>>>20%>接続解除

 

体感的には20%ごと時間は不均等で、80%〜60%の時間が長く20%で充電を促すアナウンスが流れたらほぼ終わりと考えてよい。おいしい所を過ぎるとガクッと落ちてくる。充電を促すアナウンスは結構くどめに連呼してくる。

 

国内メーカーでチューニングも「クラシックから最新のアニソンまで」と謳っていてマニア層を意識しているからか、電源のオンオフやペアリング等のアナウンスが可愛い系の声で発せられる。カーナビみたいに有名な声優がアナウンスするイヤホンなんていうものが作られる日がいつかやって来るかもしれない。

 

ノイズや音飛びは1日に2〜3回ほどで、そこまで気になるレベルではないがネックバンド型と比べるとさすがに安定性は落ちる。音飛びは駅や大通り沿いなどで発生しやすい。スマホをズボンのポケットに入れた場合、交差点など広い空間で真横に向くと音飛びする確率がかなり上がる。胸ポケットの場合だとだいぶ改善されるので、ジャケットやコートを着る秋から春まではいいが薄着の季節は辛いかも。

 

遅延に関してはAbemaTVやNetflixで映画やアニメを見る限りではあまり気にならないレベルだった(アプリ側で調整してあるのかも)。しかし、ゲームをプレイした時は遅延を感じたのでRPGやパズルゲームではそこまで問題ないが、音ゲーみたいにタイミングがシビアなジャンルは不向き。

 

 

次は音質について。

重低音強目のややドンシャリな音に作ってある。重低音がボーカルから上の音が埋もれてボヤけたりせずクリアさも残っているので悪い感じはしなかった。値段を考慮すると十分にいい音と言える。欲を言えば音量調節で段階ごとのギャップが大きく、4だとちょっと小さいけど5だとちょっと大きすぎる時があるのでもう少し細かく調節できたらよかった。

 

ホワイトノイズは室内だと聞こえるレベルであるが、外で使う前提で考えればそこまで気にならない。静かな環境で耳をすまして聞くと、右からは「サー」という音以外に若干「ジジジジ…」という音も聞こえる時がある。左(親機)と右(子機)で処理が異なるからノイズにも差異が現れるのだろうか…?

 

付属のイヤーチップだとボーカルが若干引っ込んで聞こえるが、¥500追加でアップデートできるSpinFitのイヤーチップだとバランスが良くなり、フィット感や遮音性も上がる。

 

 

最後にまとめ。

軽くて値段の割に音が良く電池もそこそこ持つ。左右分離型のワイヤレスイヤホンの入門機として気軽に、それこそおもちゃ感覚で買っても十分に実用に耐えられるクオリティである。通勤通学用から別のイヤホンを充電する間の繋ぎ用などいろんな需要に対応できそう。

 

強いて問題を挙げるとすれば名称がわかりにくい事かもしれない。TE-D01シリーズは末尾が"a"はベーシックモデルで"b"はハイパフォーマンスモデルで"c"はエントリーモデルで、しかも発売はbが一番遅いからどれがどの機種なのかわかりにくい。

 

IEEE802.11n,ac,axをWi-Fi4〜6にナンバリングするような、一目でわかるような名前の方が売れるんじゃないだろうか。